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島田紘一呂 木彫展
島田紘一呂 木彫展
掲載作品:「小春日和 機廖〔敖Α630,000円
2009年の春に300匹目の猫を制作しました。今回の個展では100匹を一堂に陳列いたします。私にとってもご覧いただく皆様にとっても、今までの作品を振り返る良い機会です。ご高覧お待ちしています。  
島田紘一呂
会期

2010年2月1日(月)〜13日(土) 
※日曜定休
11:00〜19:00 (最終日は17:00まで)

#初日1日(月)17:00より
ささやかなオープニングパーティーを開催いたします。
会期中、午後1時より作家在廊
島田紘一呂先生のブログはコチラ
https://90182517.at.webry.info/

月刊「一枚の繪」2010年2月号に
島田紘一呂先生の特集が掲載されています。

島田紘一呂 木彫展
アトリエに入ると楠の香に満ち溢れ、展覧会を終えた猫(の作品)たちがひと息ついている。今回のアーティスト・ナウは彫刻家、島田紘一呂さんにお話をうかがった。
「今の仕事は、小さい頃に彫って遊んだ木彫りのおもちゃの延長ですよ」

Q 作品で表現したいものとは?

A 猫を通しての心象風景です。日々日常の淡々とした暮らしのなかにある、温かみの感じられる風景といったもの。今まで様々な動物を彫ってきたんですが、猫をモチーフにし始めたのは、現在のアトリエ(東京・練馬)に移ってきてからで、20年以上前になります。引っ越してきてすぐのお正月に、誰かが捨てたのか、玄関に猫の赤ちゃんが鳴いていて、その子を飼い始めたのがきっかけでした。その子は3年前に亡くなってしまいましたが、19歳の長命でした。

猫ですと、モデルが始終家にいるのですぐに見られる点が良いんです。それまで彫っていた大型動物は、わざわざ動物園やサファリ・パークへ見に行ったりしなければならず、取材が大変だったんです。現在は主として猫をモデルに彫っていますが、変わらずにいろいろな動物も彫っています。ボルゾイ犬やフレンチブルドッグを連れた人にすれ違ったりすると、ボルゾイは散歩している姿が優雅でかっこいいなぁ〜、彫りたいな〜って思わせてくれるんですよね。そんな時は鑿が動きます(笑)。

 島田さんは1944年東京生まれ。現在は若者でにぎわう下北沢周辺で幼少時を過ごしてきた。畑が残り、木材の材料にこと欠かない自然に恵まれたこの頃に、沢山のおもちゃを作ってきたことが島田さんの彫刻家としての将来を形作っていたのかもしれない。

島田紘一呂 木彫展
 「誰か来た!機廖〔敖
H13xW8xD42 294,000円
島田紘一呂 木彫展
 アトリエにて制作中
島田紘一呂 木彫展
島田紘一呂先生

Q 彫刻家をこころざした理由は?

A 漠然としていたんですが、父が絵が好きだったもので、小学校の頃から父とスケッチブックを持って一緒に絵を描きに出かけていました。そして、何か(木彫)を作っては上手く彫れたりしたんです。だから何の違和感もなく、美大に行くものだと思っていましたね。小さい頃から水彩と木彫りが好きでした。飛行機の模型など、全部自分で作っていました。その延長ですよ、今の仕事って。当時、運が良いことに、近所に家具の指物師の職人さんがいて、余った端切れを使わせてもらうことができたので、材料に困ることはありませんでしたね。

大学は多摩美術大学に進学しました。先生は建畠覚造先生、笠置季男先生、圓鍔勝三先生、早川魏一郎先生などが教授でいらっしゃっていましたね。授業は目新しいものばかりで新鮮でした。今までの、ただ好きで彫っていたのとはやはり違いました。建畠先生の、抽象をちゃんと言葉で解説していたことなど、今でも先生のことは思い起こされますね。点から線へ、線が動けば面になり、面がこう動けば立体になるといったような教え方で、いい授業だったですね。

二科展は大学3年生の頃から出品し始めました。それからずっと出品しています。

卒業後の進路は、まわりの友人たちは大学を卒業すると教師になる人が多かったんですが、私は作家活動を続けたかったので、一般企業に就職せず、彫金の商品を作って生計をたてていました。会社勤めをしなくてもできるものを探したんです。ハナエモリへ彫金のアクセサリーを卸していた時期もありましたし、あるメーカーから依頼を受けて三越や高島屋などでコーナーを持って販売もしていました。(彫金は)家でできる仕事だったので、彫金は夜に、日中は彫刻作品を制作して、個展などを開催していました。バブルの頃、彫金の仕事は凄まじく忙しかったですね。一方で、彫刻は好きなものを彫っていて、真剣に売ろうという意識はあまりなかったんですが、それでも売れていました。大きいものはホテルのロビーに、馬主さんから競走馬の依頼があったり。フラミンゴ10匹くらいの連作なんかも売れていましたね。

作品で一番持っているのはカタログハウスさんで、本社のロビーに30点くらいあるかな。あそこの社長さんが、新宿で個展をやっているときに見に来られて、その時に15点くらいいっぺんに買ってくれたことがありましたね。

・・・続く。 この続きは月刊誌を御覧下さい。

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