取材に出掛けられなかった
コロナ禍の期間
伊勢丹新宿店では2年ぶりの個展となる金子東日和先生。新型コロナウイルス感染症の影響があり、これまで「描き溜めてきたスケッチの中から」選りすぐられた、画想の醸成された作品を発表することとなりました。
緊急事態宣言、外出制限など、風景画家にとっては仕事が出来なくなってしまったコロナ禍、金子先生ご自身「四十数年茅葺き民家の取材を続けて来て、このコロナ禍の自粛で二年もの間一度も取材に出掛けなかったのは初めて」のことだそうです。
民家を描き続けようと
金子先生は1946年東京生まれ。画家としての出発は、お父様(日本画家)の影響もあってか日本画を描いていたそうです。古来からの日本画ならではのモチーフともいえる花鳥画や人物を描いていたそうですが、そこから油絵に転向。とまどいはあったのではないかと思いきや、
と、弘法筆を選べど表現は変らずといったところでしょうか。金子作品の、細部にまで情感のひだが感じられる表現の秘密を開陳していただけました。
日本画から油彩画に転向した時期(30歳前後)に、一枚の繪主催・現代洋画精鋭選抜展に挑戦。77年の第6回〜79年の第8回まで3回連続で銅賞を受賞され、その後は「一枚の繪」誌上をはじめ、全国の展覧会場で茅葺き民家の作品を発表し続けていらっしゃいます。
この、茅葺き民家を描き続けることになったとあるエピソードが、受賞のことばとして記事に残っています。
四季折々、春から秋はさておき、冬場では屋外での取材ですと手がかじかむような寒さのなか、雪積もる茅葺きを前に絵筆を動かしてきた画家にとって、ここを描くということは使命なのだ、という天啓にうたれたのでしょう。「意を新たにし」、(自分が)描き遺していくしかないという思いが絵筆を握る掌に漲っていったことは想像にかたくありません。ここに、消えゆく茅葺き民家を描く郷愁の風景画家・金子東日和が誕生したのです。
向井画風にとらわれない民家作品を
茅葺き民家を描く画家には、向井潤吉という先達がいます。
油彩の持つ堅牢さが画風にも判然と生かされた向井潤吉。金子先生は、向井潤吉という大画家を尊敬するが故に「逆」をいったことはいうまでもなく、また、「向井画風にとらわれない」茅葺き民家を描くことができたのは、若き日に描いた日本画の影響もあるではないかと思うのは考えすぎでしょうか。日本の風土を十全に描いた金子作品に見られる湿潤な空間表現(画面構成による余白の空間)は、どこか没骨とした、横山大観の空間表現のそれを遠く想起させるのは気のせいとは思えないような(少し強引ではあるにしても)……。
日本固有のといってもよい茅葺き民家を描く金子先生には、無意識裡に、画家のそれまでに醸成されてきた美的直感から、温暖湿潤な日本の風土を描くことができたのかもしれません。その、郷愁の日本の美が染筆された作品の数々が、2年の間を隔てて今冬、伊勢丹新宿店のアートギャラリーでたっぷりと披露されるのです。
とはいえ茅葺き民家は年を追うごとに減っていっていることは事実で、
向井なき今、金子先生の描くタブローの中だけにこれらの情景は描き残されてゆくのです。
日本の原風景を描き残す
金子先生の日本の原風景を描き遺す旅に終わりはありません。個展はその道標として開催されていきます。コロナ禍に見舞われた昨年から今年にかけての成果は、時が小休止したかのように、時代が静かなひとときをおくった間にアトリエで描かれた、コロナ禍直前の郷愁の原風景。伊勢丹新宿店の会場は、去りがたいほどの懐かしい空間に満ちています。忘れてはならない「日本の原風景」を、目に焼き付けに足を運ばずにはいられない。 |