注目の画家―Re・markable Artist #3 葛西俊逸Pickup

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 「一枚の繪」誌上はもとより、公募展やグループ展、個展などで活躍中の作家は数多くいます。作家デビューしてから研鑽を積み、実力があり、人気が出て活躍をしていても、大臣賞などの大きな賞を獲らないと、メディアではなかなか取り上げられなくなっていきます(すみません)。そうした作家にスポットをあてて、今一度人気の理由や作品の魅力をお伝えする「注目の画家-Re・markable Artist」。
 第3回は、今年10月、ギャラリー一枚の繪にて10回めの個展を開催され、「一枚の繪」誌上でも活躍中の葛西俊逸先生にご登場いただきました。

取材中の葛西俊逸先生

コロナ禍の特殊な2年半のあいだ

「絵描きになってからの30年近くの中で、この2年半は特殊なものでした。自分の町周辺の風景とじっくり向き合ったり、過去の思い出の中の風景と新しい出逢いを試みたり、いろいろな意味で感動の連続でした。」(「一枚の繪」2022年10・11月号より)

 北は北海道大雪山、美瑛から故郷津軽、奥入瀬に富士、信州安曇野山野清流、京都嵯峨野、鳥取・大山、さらにフランス・ブルターニュ等、モチーフのひとつでもある山野をポイントに各地を描き歩いてきた画家にとってはつらい日々だったのかと思いきや、かえって足元を見つめ直す良き機会となっていたようです。絵の神様が、ここでひと息、視点を自分自身に向けるようにしむけたのかどうか、災い転じて詩嚢ならぬ画嚢を耕す豊かな時間になったようです。

「たとえば津軽の弘前城公園で、昔は艶やかな、華やかな桜の美しさに目を奪われていた自分が、なぜか年を経た古木の静かな美しさに心ひかれるようになっていたこと。また、子どもの頃、父に連れられて夏に出かけた清流を、あえて独りで探し歩いてみた時、幼い日の楽しかった思い出が鮮烈によみがえってきて驚いたこと。(中略)再訪というにはささやかな、日常の新たな感動がありました。」(同前)

 葛西先生は1957年青森生まれ。1993年第22回現代洋画精鋭選抜展で銀賞を受賞。「一枚の繪」誌上をはじめ、全国のデパートや展覧会場で個展、グループ展を開催し、2000年に一枚の繪銀座美術館で、東京では初めての個展を開催。今年、ギャラリー一枚の繪で、東京での10回めの個展を開催いたします。

「木の肌を見ると描きたくなる」

 高校は林業科の樹木に関するものを扱う科目を専攻していた葛西先生。学生の時分からすでに、身近に樹々に接してきた(現在は絵画のモチーフとして扱っていますが)だけに、古木、桜も花だけでなく花木の方にも無意識のうちに注視してきた眼の記憶となって堆積されていることでしょう。

「十代の終わりから何故か『木』にひかれていました。それが木工でなくて油絵に向かった理由は解りませんが、たぶん私は生きている木の肌が好きだったのでしょう。」(「一枚の繪」2000年6月号より)

 と、それよりも以前から

「家の二階に上がって窓を開けるとリンゴ畑がどこまでも広がっていて、(中略)リンゴの木のところでちいちゃいころから遊ぶことが多かったんですね。それで、大人になってからも津軽へ帰るたびに、リンゴの木を見るとほっとするんです。理由は僕にもわからないんですけど、どうしても木の肌を見ると描きたくなる。」(「一枚の繪」2002年11月号、久保博孝先生との対談より)

 もうこうなると、先天的に木肌を描くために生れてきた画家といってもよいのかもしれません。
 樹齢を重ねるのと同じく年齢を経て古木の美に惹かれている葛西作品は、これからますます熟成され芳醇な香りを画面から漂わせていくのでしょう。

風景には郷愁の故郷が

 画家になるきっかけになったひとつに、同郷の文学者・太宰治の『津軽』を上げていらっしゃる葛西先生(「一枚の繪」2004年1月号アンケートより)。文学作品も絵画も、作家というフィルターを通して表現されると、対象が表象する以上ものを見る人びとに見せてくれます。普遍的な「郷愁」を感じさせる作品として。見る者各々の心の内にある「郷愁」を感じさせる……。葛西先生の風景作品は、今や太宰の『津軽』に負けず劣らず、見る者の「郷愁」をそそる作品であるといっても過言ではありません。
 あこがれの画家、目指す作品、というのも、実景の山や川とはことなりますが、画家自身の原点、故郷といえるでしょう。

「20歳の頃、コローの画集で『モルトフォンテーヌの思い出』(1864年、ルーブル美術館蔵)を見たときの衝撃は忘れられません。」(「一枚の繪」2017年1月号より)

 コローやミレー、バルビゾン派の画家に憧れ、影響を受けてきた葛西先生。念願叶い、画家として郷愁にも似た原点、フランスへの取材旅行へ向かったのは2009年夏。西部、大西洋に面したブルターニュ(緯度では東にあるバルビゾンに近く、同じような陽光を感じることができたかも)で、コローが憑依でもしたかのような森の小径の情景を描いたり、世界遺産のモン・サン・ミッシェルなど精力的に取材されました。
 その時の取材のイメージは醸成され、今でも描くことがあります(22年制作の『ブルターニュの追憶』など)。

「光とともに表情を豊かに変える、美しくさりげなくたたずむ自然を夢中になって描きました。時の流れもゆったりと――。今も忘れられない日々です。」(「一枚の繪」2022年6・7月号より)

 画家のなかでそこは作家としてのもうひとつのふる里であり、桃源郷となっているのです。

葛西俊逸 『ブルターニュの追憶』 油彩P4号(「一枚の繪」2022年6・7月号掲載作品)

絵の中で花ひらく桜

 葛西先生といえば、山野の情景、水辺の情景の画家という印象とともに、桜の画家、というイメージがあります。

「ほんの十年前より近く、僕の家の庭には桜が毎年咲いていた。(中略)/ある年。/忘れられないその年、桜の季節までもつかどうかと言われていた父が庭に立ち今爛漫のその端を、ずっと見ていたことがある。(中略)/これが最後になるのか、と思いながら僕も見ていた。/そのとき花が風に乱れた。/今年も、しまいだな。/父は呟いた。(中略)/その樹を見るたび思い出した。(中略)/あの春を最後に僕の庭から桜の花は消えてしまった。/絵の中にだけ、咲いている。」(「一枚の繪」2003年4月号より)

 もちろん、新しく描かれる桜の情景は、実景の美しさを表現していることはいうまでもないのですが、和歌の世界よろしく、古来から連綿と受け継がれてきたモチーフの「桜」には、色々な思いやもの、ことが堆積し醸造され、また個人的な歴史を鑑みても?家の庭の桜のこと?、無意識裡に絵筆を通して描かれているかもしれません。
作品を見る人たちは、それぞれの桜の思い出を重ね合わせて絵の中の花びらを愛でるのです。

   さまざまの事おもひ出す桜かな   松尾芭蕉

 芭蕉のこの句も、芭蕉自身の思いから口をついて出た句かと思います。が、現在の私たちが鑑賞する際は、作者の思いはもちろんですが、字義通り作者の思い以外の「さまざまの事」を桜を通して思い起こすことでしょう。桜にはそういう力がある。葛西先生のお父様もまた「さまざまの事」を思い、葛西先生ご自身も「思出」して桜を描き続けているのでしょう。

対象を見つめる視線は「心が動く」情景に

「心が動く」風景との出逢い

 屋外での制作を躊躇してしまうコロナ禍は、徐々にではありますが終焉の方へ向かっていますが、まだ予断を許さない日々が続きそうです。冒頭にあるように身近な風景や過去の取材からの制作をされることが多くなったようですがそれでも、「心が動く」風景との出合いを求めない日のないのが画家というもの。このような状況でも眼が、心が即刻反応するくらいの光景は、もういくつか見ているかもしれません。
 今回の、銀座で10度めの個展では

「この30年近くの間に出逢った忘れがたい風景や、さらに昔の追憶の風景、時々の大切な思い出を重ねながら、心の中で出逢う新しい風景を描きたくて、気持ちを込めています。」(「一枚の繪」2022年10・11月号より)

とのこと。この「忘れがたい風景」というのは今まで作品にしてきた数々の光景。なぜその情景を描いたのかは、

「描きたくなるのは『心が動く』風景ということです。車を走らせていて、突然、あっ! と思うことがありますが、それは山だったり、川だったり、瞬間の構図だったりです。感動、と言い換えてもいいかもしれません。」(「一枚の繪」2020年10・11月号より)

という、感動の瞬間のひとコマ。出逢った時の「心が動く」、思わず絵筆を走らせてしまった「心が動く」瞬間の風景は、色褪せることなく、また、褪せたとしたら、それは褪せたのではなく「郷愁」色に醸成されたもの。
 和歌や俳句、狩野派などの近代以前の絵、否、現在の画家の作品にしても、日本の芸術には「郷愁」を喚起させるものが重要なエッセンスとしてあります(現代詩人の吉増剛造や正津勉の詩にもあるかと思います)。
 葛西作品を見て感動するのは、個人的な感動はもちろんのこと、日本の美に「心が動」かされたことの証左。
 ギャラリー一枚の繪の会場で、四季折々に「心が動」かされる葛西作品に出逢い、思い思いの郷愁にひたっていただきたい!

葛西俊逸先生の今後の活動予定
・作品掲載
「一枚の繪」2022年10・11月号(発売中)
「一枚の繪」2022年12・23年1月号(2022年11月21日発売)

・展覧会
葛西俊逸展 ―追憶の風景―
東京 銀座・ギャラリー一枚の繪 2022年10月17日(月)?29日(土)/日曜休廊、最終日は16:00まで
【会場にて『葛西俊逸作品集 ―追憶の風景2022―』発売します(定価1,500円+税)
※営業時間、催し内容、開催期間が変更になる場合がございますので、ご了承ください。